樺山どんの墓

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category : きりしまぼんち百科事典, ジャンル, 三股町, 歴史・文化, 歴史・文化 2013.3.26 
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樺山どんの墓

樺山どんとは、樺山氏初代資久と伝えられています。
樺山資久は、島津本宗家第4代当主忠宗の五男で、三股町樺山の地名を取り、名字を島津から樺山に改称しました。
樺山を統治する上で館を構えたのが樺山城 (現在上米公園)といわれていますが、不明な点が多く残っています。
樺山どんのお墓は、都城島津三代北郷久秀・弟忠通のお墓に比べると、五輪塔の内、地輪と水輪が残っているだけで、決して保存状態が良好とはいえません。
しかし、三股町樺山のパイオニアとも言うべき重要人物のお墓という点で、三股町にとって貴重な文化財であるといえます。
ちなみに、北郷氏(都城島津氏)初代資忠は樺山資久の一つ下の弟です。男子に恵まれなかった資久は、弟資忠の次男音久を養子にもらい家督を継がせました。


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所在地 宮崎県北諸県郡三股町大字樺山2746
形式 五輪塔
指定年月日 平成元年(1989)11月3日

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